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長崎地方裁判所 昭和31年(行)8号 判決

原告 荒木辰雄

被告 有明村議会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、昭和三十一年三月十七日被告議会が、同日施行の議長選挙において馬渡清吉を当選者と定めたことに対して原告のした異議を却下する旨の決定は無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めると申し立て、その請求原因として、原告は、昭和三十一年三月以降現在に至るまで被告議会の議員であるが、同月十七日開会された被告議会において、議員北島州治が臨時議長席に就き、第一号議案たる議長選挙の件を上程付議して、無記名単記投票により投票を行つた結果、出席議員二十二名、投票総数二十二票、有効投票二十二票中原告及び馬渡清吉議員の得票いずれも十一票宛で両名同数になつた。従つて、斯様な場合に当選者を定めるには、地方自治法第百十八条によつて準用される公職選挙法第九十五条第二項の規定に基ずき、くじによることを要するにもかゝわらず、事こゝに出でずして被告議会は勝手に村長中村金十郎、臨時議長北島州治両名に一任し、馬渡議員を当選者と定めさせた。けれども、斯様な決定が右法条に違背し無効であることは勿論であるから、同日口頭を以て被告議会に対し、右決定の効力に関し異議を申し立てたところ、同議会は即日これを却下する旨の決定をし、口頭で原告に対し、これを告知したので、被告に対し、この決定の無効であることの確認を求めるため本訴に及んだ旨陳述した。(立証省略)被告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、原告がその主張のように被告議会の議員であること、原告主張の日時開会された被告議会において、議員北島州治が臨時議長席に就き、無記名単記投票により議長選挙を行つたところ、出席議員二十二名、投票総数二十二票、中馬渡議員の有効得票数が十一票であつたことは認めるが、原告の得票数十一票中には「荒木昼夫」と記載された投票が一票あり、これが被告議会の議員中の菅昼雄議員を指すのか、それとも原告を指すのか、いずれとも判別することができないので、か様な投票は当然無効であり、従つて、この投票を控除するときは、原告の得票数は十票にすぎなくなるから、被告議会が馬渡議員を当選者と定めたのは、相当である。仮に、原告の有効得票数が十一票であつたとしても、被告議会においては、村の平和のため、議長の決定を村長及び臨時議長に一任することに原告を含む全議員異議なく承認したので、村長中村金十郎、臨時議長北島州治は、直ちに議場から退去し、別室で協議した結果、公職選挙法第九十五条第二項の規定に従いくじで議長を定めることにし、原告のくじを中村村長、馬渡議員のくじを北島臨時議長として抽籖したところ、馬渡議員が当選したので、北島臨時議長は議場に入り、その旨全議員に報告したのに対し、原告を除く全議員は異議なく、馬渡議員を当選者と定めることを承認したのであるから、被告議会の決定には何等の違法性も存在しない。仮に以上のような議長決定手続に瑕疵があつたとしても原告は、議長の決定が村長及び臨時議長に一任された際、これに何等の異議をも述べなかつたのであるからこれにより議長決定手続に対する異議申立権を放棄したものというべきであり、従つてもはや手続の瑕疵を主張することはできないこと勿論である。その余の原告主張事実は全部これを否認する旨陳述した。(立証省略)

理由

原告がその主張のように被告議会の議員であること、原告主張の日時開会された被告議会において、議員北島州治が臨時議長席に就き、無記名単記投票により議長選挙を行い結局馬渡清吉議員を当選者と定めたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によると、原告がこれを不服として同日口頭を以て被告議会に対し、右決定の効力に関し異議を申し立てたところ、同議会が即日これを却下する旨の決定をし、口頭で原告にこれを告知したことを認めることができ、原告が、その後二十一日以内に本訴を提起したことは、記録に徴して明かである。

そこで、被告議会の右異議却下決定の前提になつた議長決定の適否について按ずるのに、先ず、前顕甲第一号証、証人塚本喜代蔵、本村重一の各証言、及び検証の結果を綜合すると、被告議会において前示投票を行つた結果、出席議員二十二名、投票総数二十二票、有効投票二十二票中原告及び馬渡清吉議員の得票数がいずれも十一票宛で両名同数になつたことを肯定するのに充分である。

これに対して、被告は、原告の得票中には「荒木昼夫」と記載された無効投票が一票あり、この投票を控除すると、原告の得票数は十票にすぎなくなるから、被告議会が馬渡議員を当選者と定めたのは相当である旨主張し、成立に争のない乙第一号証によると成程原告の得票中には、「荒木夫」と記載された投票一票の存在することが認められると共に他方被告議会の議員中当時「菅昼雄」と称する議員の在任したることは、検証の結果に徴して明かであるけれども、「」の字は必ずしも「昼」の字と同一であるとも断定することができず、むしろ「辰」の字をくずしたものゝようにも思料されるばかりでなく、姓が判然「荒木」になつている事実から見ると、右投票の「荒木夫」なる記載は原告を指称するものと推定するのが相当であつて、地方自治法第百十八条第一項によつて準用される公職選挙法第六十八条第一項第七号にいわゆる「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」とある場合に当らないものと解するのが相当であり、他に右投票を無効ならしめるべき何等の事実も存在しないから、右乙号証によつては、被告の右主張を是認し難い。

しかしながら、次に、本件議長決定が、果して原告主張のように公職選挙法第九十五条第二項の規定に違背する無効のものであるかどうかについては、成立に争のない甲第一号証、証人中村金十郎(第一、二回)、北島州治(第一、二回)、塚本喜代蔵、本村重一、成瀬高司、青木武人の各証言を綜合すると、前示議長選挙の結果原告及び馬渡議員の得票数がいずれも十一票宛で両者同数になつたところ、被告議会においては、村の平和のため議長の決定を村長及び臨時議長に一任することに原告を含む全議員異議なく承認したので、村長中村金十郎臨時議長北島州治は、直ちに議場から退去して村長室に赴き、協議の上、抽籖によつて議長の当選者を定めることにし、先に書記成瀬高司、青木武人の手で作つて置いたくじ二本の内一本を先ず中村村長が原告に代り、次いで残り一本を北島臨時議長が馬渡議員に代つてひいた結果、馬渡議員が当籖したので、北島臨時議長等は、直ちに議場に入つてその旨全議員に報告し、原告を除く全議員が異議なく、馬渡議員を当選者と定めることを承認したのであつて、右当選者の決定は、極めて公正に行われ、その間一片の情実も介入しなかつたことを是認するのに充分である。してみると、議長の右決定には成程地方自治法第百十八条によつて準用される公職選挙法第九十五条第二項の規定に従い、抽籖が議場内で行われなかつたというかしの存在することは明かであるけれども、元来同法が議場内で抽籖の方法をとるべきことを要求している所以のものは、これにより、公正に当選者の決定の行われることを担保しようとするにあると解すべきところ、本件においては、偶々議会が万場一致で議長の決定を村長及び臨時議長に一任したために決定が議場内で行われなかつたのにすぎず、多く責めることができないばかりでなく、議長の決定は、前段認定のとおり結局抽籖の方法により極めて公正に行われ、法の要求する当選者の公正な決定という目的は、これにより、充分に達成されているのであるから、斯様な場合には前示かしは、これにより、殆ど完全に治癒され、もはやこのかしを理由に本件議長決定の違法を主張することは、できなくなつたものと判定するのがまことに相当である。

そうだとすると、被告議会のした原告の異議却下決定は、相当であり、原告の本訴請求は、所詮失当として排斥を免がれないので訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決した次第である。

(裁判官 林善助 田中正一 梨岡輝彦)

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